小説 昼下がり 第六話 『冬の尋ね人。其の一 』



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 ソウルから釜山行きの、「特急セマウル
号」に乗り込んだ。
 韓国では現在、南北を縦断する鉄道の
大動脈。
 座席は蒸気機関車と同じく、向い合せ
の四席。暖房が異常なまで効いている。
 ほぼ満員。
 前の窓際に座る、眼鏡をかけた学生風
らしき女性がチラッと啓一を見るや、そ
のまま本を開き、一心不乱に読書に没頭
した。
 隣に、向かい合って座る韓国のオモニ
〔お母さん〕二人が大きなドテラを着込
み、笑いながら会話が弾んでいる。
 もちろん、言葉の意味は解らないが、
屈託(くったく)のない笑いに、啓一は、
ほのぼのとした感覚に陥った。
 ソウルで買出しをしたのか、大きな風
呂敷包みが無造作に通路に置かれている。
外は田園風景。走れども、走れども田ん
ぼと畑。
 所々に残る、真白な雪が光りに反射さ
れて眩しい。
 途中、車内の温かさにつられて、ウト
ウトと睡魔に襲われた。
 およそ二時間半後、列車は太田(テジ
ョン)に着いた。

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      (三十二)
 『太田(テジョン)』…韓国中心部に
位置する人口百五十万人の、四方を山に
囲まれ、はっきりとした四季がある韓国
五番目の都市。
 ―改札口を出ると、こじんまりとした
広場に出た。
 吐く息が白い。外の寒さは厳しいが、
陽光はするどく強い。
 現在のところ、秋子の手配した行程表
通りに事は運んでいる。
 その時、「川嶋さんですか?」
 背中越しに聞こえる、やわらかな女性
の声。
 日本語に遭遇するとはー。羽田を飛び
立ってわずか数時間であるにも関わらず、
懐かしさを覚えた。
 「お迎えに上がりました」
 年の頃は二十二〜二十三才だろうか、
髪はポニーテールに纏(まと)め、色白の
肌に真赤な唇が際立った、やや小柄な女
性だった。
 迎えの車に乗り込み、テジョン駅前を
真っすぐ貫く大通りを走った。
 「私のこと、すぐ解りましたか?」
 啓一は、運転する彼女に車中で問いか
けた。

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 「すぐに解ります。だって、大きなバ
ッグを持って立っている日本人って、そ
ういません。また顔付きと着ている服で、
日本人と解ります。
 私のことはあとで紹介させていただき
ますね、啓一さん、フフフ…」
 笑みを浮かべた両ほほに窪(くぼ)む
エクボが可愛かった。
 啓一は瞬時に、秋子の面影が浮かんだ。
 好むと好まざるとに関わらず、秋子の
「罠」に嵌(は)まっていく自分に抗(あ
らがう)気持ちはなかった。
 ―途中、簡素な高台を越し、藪が茂る
裏手を通り、およそ二十分。
 石造りの豪邸の前に着いた。
 大きな門扉(もんぴ)の前で、白髪が混
じる、お手伝いさんらしき女性が出迎え
てくれた。
 傍には高く、大きな銀杏(いちょう)の
木が所々に雪を抱き、寒そうにそびえ立
っている。
 啓一は、部屋に案内された。
 二十畳はあろうか、暖房〔オンドル〕
の効いた部屋で待ち人を待った。
 運命(さだめ)と向き合う啓一の心は、
風に吹かれて舞う、落ち葉のように揺ら
いでいた……。    
 ―次回、冬の尋ね人。其の二に続くー

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